一番好きな絵本の話から始めようと思う。
幼いころ、母が選んでくる絵本がことごとく気に喰わなかった。
母は絵本を沢山読み聞かせてくれたと記憶しているのだが、母の選んでくれた本は好きになれなかった。
思春期辺りで、ああ、私は母と好みが違うんだな、と(ファッションにおいて)悟ることになるのだが、つまりそれは色彩感覚が母とは全然違ったのだ。
母は淡い色合い、薄い線を好む。例えばいわさきちひろのような。
私はくっきりした色合い、はっきりした線を好む。例えばマリメッコのような。
私を本の虫にしたのは、主に母のおかげだとおもうのだけど、選んでくれた本は不満だらけだった。といわけで、小学校低学年まで、私は大して本を読まなかった。
そんな中、図書館で借りてきて、私が大人になるまでずっと気になっていた本。それがトミー=アンゲラー作、いまえ よしとも訳、「すてきな 三にんぐみ」。多分、一度図書館で借りてもらっただけだと思う。
まず表紙がいい。青い背景に、黒い三にんぐみ。真っ赤なまさかり。色鮮やかである。青の彩度もいい。
などと思いながら、大学生になって購入し、度重なる引越でも淘汰されることなく手元に残るこの絵本を久しぶりに開いて読んでみた。
ストーリーは、盗賊の三にん組がある時ティファニーちゃんというひとりの孤児を引き取り、これまで盗んだお金で「さびしく かなしく、くらい きもちで」暮らしている「すてごや みなしご」を引き取り、お城で暮らすというもの。ハッピーエンドだ。
久しぶりに読むと、なんだか違う本みたいな気がした。
すてきな三にんぐみの盗賊は、人を殺さない。武器だって、ラッパ銃、こしょう・ふきつけ、おおまさかり。唯一武器っぽいものはおおまさかりだけど、それだって、馬車の車輪を壊すためにしか使わない。そもそも、彼らを見たら「ごふじんは きを うしない、 しっかりものでも きもを つぶし、いぬなんか いちもくさん.....。」なのだから、おっかない武器など必要ないのだ。
だけど、この三にんぐみ、盗む事に目的がない。金銀財宝、何のために盗んでいるか、ティファニーちゃんに指摘されるまで、盗むことに目的がなかったことに気づかない。
盗むことに目的がない盗賊という設定なら、坂口安吾の「桜の森の満開の下」。
盗賊や山賊というのは、使うために財宝を盗むのではないのか?なんで?それって、現代で言うところの「預金通帳の残高を見て喜ぶ」みたいなことなんだろうか。そして、この設定は日本でもニューヨークの作家でも、時代が違っても、割りと当たり前なんだろうか。
盗賊に対して「盗んだ財宝は何に使うの?」という問いを投げるのは、どちらも女。盗賊は男。うーん、しまったジェンダー論みたいになってきたぞ。この疑問に私は今はそれらしいリクツをつけることができない。だから、置いておこう。
さておき。後半のストーリーは皮肉たっぷりな気がした。集まってきた孤児達は、「おそろいの あかい ぼうしに あかマント」。政治思想的なことを示唆しているのか?
そして、「こどもたちは すくすく そだち、つぎつぎに けっこん。おしろの まわりに いえを たて、むらを つくった。」うーん。やっぱり…政治的な(以下省略)。
大人になったってことだな。
それが私のこの絵本に対する今回の感想だった。イラストとデザイン、色で、一番好きな絵本であるわけだけど、この本に作者が込めた意味を(少しだけあとがきで訳者が書いている「皮肉」の意味を)感じるようになった気がした。違うかもだけどさ。
でもやっぱり、この本はデザインが、そしてティファニーちゃんを抱きかかえて連れ去るシーンの色使いが、好きだなぁと思う。
絵本は見た目。「人は見た目が全てです」と書いたのは、槇村さとるのリアルクローズという漫画だけど。またそれは別の機会に。
そういえば、大人になって、母に確認したところ、「そんなにたくさん読み聞かせしたっけ?」と拍子抜けする答えだった。
すてきな 三にんぐみ
トミー=アンゲラー さく いまえ よしとも やく
1969年12月初版 偕成社
ISBN4-03-327020-5
0 件のコメント:
コメントを投稿