恋をした。
そして、恋が終わった。否、休憩中になった。
若かりし頃の私の口癖は「恋はするものでなく、陥ちるもの」。
でも今回は違った。じわじわと好感を持ち、いつしか私の中で彼の占める存在が多くなり、好きになったことを認めたいような認めたくないような、愚図愚図した時間を経て、好きになった。
話を聞かされた友はみんな思っていたと思う。
「やっと認めたよ」と。
何事につけ、頭の中を整理するには話しながらしか整理できない私。
好きな人が出来る度に、私の話に付き合わされる友たち。
2015年くらいから、1年以上かかった。そして、2016年年末、私はこの恋を休憩することにした。
少し話はそれるが、ここ数年、年越しはひとりである。実家には帰らない。理由はまた別に機会に。
年々、年越しやお正月を正しく迎えようとする傾向が強まり、今年は大枚叩いておせちも買った。作った、ではない。
12月30日、正しいお正月を迎えようと繁華街に、器やお正月らしい食材を求めて、普段怖くて避けているデパ地下に突入した。おせちが映えそうな波佐見焼の食器も買い求めた。干支飾りは、やめておいた。お正月用のお茶と、お菓子を買い、もうすぐ始まるセールの下見をして、肩こりをほぐすべくマッサージをちょっと受けて、今年買い残したものはないかな?と思った。
ふと、ヒグチユウコの新刊が秋頃に沢山出たことを思い出した。
駅周りの本屋はいくつかあるけど、主に雑誌や情報誌を取り扱っている店舗が多い。
ここならあるかも、と思う本屋に入った。ちゃんとあった。
ヒグチユウココーナーがあった。
買いそびれていた、100枚ポストカード集はラスト1個だった。
その横に、「すきになったら」がひっそりとあった。
わかっている。私は買いそびれていたのではない。「すきになったら」というタイトルを知った時から、読むのが怖かった。だから、避けていたんだ、って。
恐る恐る、手に取った。絵本だからすぐ読めた。でもじっくり読む前に、レジに向かった。
駄目だ。泣く。
家に帰って、冷蔵庫に食材をしまって直ぐに、「すきになったら」を読んだ。
ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
私の1年以上の恋が、そこにはあった。
すきになったら、彼がすきなものを、すきになった
すきになったら、彼の大事なものを、理解したくなった
そして、私のことを知って欲しかった。
彼に喜んで欲しかった。
だから、必死に話題を探した。絵を描いて、図鑑を買い、同じ映画を見て、連載小説を読んだ。
でも、疲れちゃった。だから休憩することにした。
口にしないって固く決めた「すきになった」という言葉。やっぱり、告げることはないと思う。
でも、もしかしたらヒグチユウコの「すきになったら」を渡せば良いんじゃないか、って思った。多分渡さない。でも、この本があれば、いつかどうしても、「すきになった」って言いたくなった時に、この本が私の想いを告げてくれるんじゃないか、という希望を見つけた気がした。
ラストシーン、ワニに恋した女の子の恋は叶う。それを私は羨ましいと思って、また泣くのだった。
すきになったら
ヒグチユウコ
ブロンズ新社
2016年9月25日初版
ISBN978-4-89309-621-0
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