2016年12月31日土曜日

すきになったら ヒグチユウコ

恋をした。
そして、恋が終わった。否、休憩中になった。

若かりし頃の私の口癖は「恋はするものでなく、陥ちるもの」。
でも今回は違った。じわじわと好感を持ち、いつしか私の中で彼の占める存在が多くなり、好きになったことを認めたいような認めたくないような、愚図愚図した時間を経て、好きになった。

話を聞かされた友はみんな思っていたと思う。
「やっと認めたよ」と。

何事につけ、頭の中を整理するには話しながらしか整理できない私。
好きな人が出来る度に、私の話に付き合わされる友たち。

2015年くらいから、1年以上かかった。そして、2016年年末、私はこの恋を休憩することにした。
少し話はそれるが、ここ数年、年越しはひとりである。実家には帰らない。理由はまた別に機会に。
年々、年越しやお正月を正しく迎えようとする傾向が強まり、今年は大枚叩いておせちも買った。作った、ではない。
12月30日、正しいお正月を迎えようと繁華街に、器やお正月らしい食材を求めて、普段怖くて避けているデパ地下に突入した。おせちが映えそうな波佐見焼の食器も買い求めた。干支飾りは、やめておいた。お正月用のお茶と、お菓子を買い、もうすぐ始まるセールの下見をして、肩こりをほぐすべくマッサージをちょっと受けて、今年買い残したものはないかな?と思った。

ふと、ヒグチユウコの新刊が秋頃に沢山出たことを思い出した。
駅周りの本屋はいくつかあるけど、主に雑誌や情報誌を取り扱っている店舗が多い。
ここならあるかも、と思う本屋に入った。ちゃんとあった。

ヒグチユウココーナーがあった。
買いそびれていた、100枚ポストカード集はラスト1個だった。
その横に、「すきになったら」がひっそりとあった。

わかっている。私は買いそびれていたのではない。「すきになったら」というタイトルを知った時から、読むのが怖かった。だから、避けていたんだ、って。
恐る恐る、手に取った。絵本だからすぐ読めた。でもじっくり読む前に、レジに向かった。

駄目だ。泣く。


家に帰って、冷蔵庫に食材をしまって直ぐに、「すきになったら」を読んだ。


ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。



私の1年以上の恋が、そこにはあった。
すきになったら、彼がすきなものを、すきになった
すきになったら、彼の大事なものを、理解したくなった
そして、私のことを知って欲しかった。
彼に喜んで欲しかった。

だから、必死に話題を探した。絵を描いて、図鑑を買い、同じ映画を見て、連載小説を読んだ。

でも、疲れちゃった。だから休憩することにした。

口にしないって固く決めた「すきになった」という言葉。やっぱり、告げることはないと思う。
でも、もしかしたらヒグチユウコの「すきになったら」を渡せば良いんじゃないか、って思った。多分渡さない。でも、この本があれば、いつかどうしても、「すきになった」って言いたくなった時に、この本が私の想いを告げてくれるんじゃないか、という希望を見つけた気がした。

ラストシーン、ワニに恋した女の子の恋は叶う。それを私は羨ましいと思って、また泣くのだった。

すきになったら
ヒグチユウコ
ブロンズ新社
2016年9月25日初版
ISBN978-4-89309-621-0

2016年8月14日日曜日

種子のデザイン 旅するかたち (カタログ、図鑑)

種の形に興味を持った。

これまでは、モデル植物シロイヌナズナに一途な片想い、だった。
ある日、ふとしたきっかけで、出会ってしまった。数々の魅惑的な種子を持つ非モデル植物たちに。

”恋はするものではなく、落ちるものなのよ。”

というのが、私の学生時代の口癖だったのだけど、嗚呼、私はついに”植物に出会った”。そして”恋に落ちた”
それからは、情熱的な恋の熱に浮かされたような日々を過ごしている。

”私は植物の何を見ていたのだろう。何を知りたかったのだろう。植物のことなんて、なんにも知らないのに!!!!”

まるで恋愛小説の主人公のような気持ちである。

”嗚呼、あなたのことをもっと知りたいの!”

植物のことを、そもそも野外の植物に全くと言っていいほど、いや、モデル植物シロイヌナズナを扱っているがゆえに目をそらしていた、野外の植物。だって、知ってしまったら、もう、戻れない気がしていて。禁断の果実。

いやいや。
そんなわけで、私は「種子のデザイン 旅するかたち」に出会うことになる。

そもそも、私が植物の研究を始めた経緯は、受動的である。
これについては、また別の機会に。
思うに、植物研究者には「植物が好きだから研究する」「動物実験をしたくないから植物にする」という、雑に分けて2つがある気がする。
私は、後者である。ラットもマウスも大丈夫だけど、日常的にはちょっと。大腸菌もカビも好きだけど、テンポが合わない。消去法である。
なので、いろんな植物の知識など持ちあわせていなかった。(後日、子供の図鑑に載っているようなことも知らない、と揶揄される知識量である。極めて端的な指摘だと思うけど。)何も知らないことは私自身がよくわかっているので、私が得意な「私の知り合いの中で一番そのことに詳しそうな人に聞く」を実行した。この行動が、全ての始まりであった気がする。

脱線するが、物事にはタイミングというものが重要だと思うのだけど、今回も、タイミングが全てだった気がする。
所属するプロジェクトのシンポジウムの招待講演者として、博士課程後期に在籍した研究所の時の、お隣ラボの先生が来た。もう10年来の知り合いである。同じ植物の研究、学会も一緒なのに、特に研究の話をすることもなく(そっと私が避けていた)、その割に会うと必ずしばらくお喋りをする、という謎の関係。トークテーマは私のファッションについての感想、私のプロフィール写真がコンセプチュアルかどうか(派手か地味か)、そして、私が一方的に最近あった個人的な話(痩せたとか、旅行に行ったとか)をする…?あれ、変だな、なんだこれ。
シンポジウム主催側であったこともあって、夕方のミキサーの時にはすっかりくたびれていた私。ミキサーとか苦手だし…と思ったら、昔なじみの先生がそこに!そのうちみんなに話しかけられるだろうから、最初に挨拶に行っとこー、と向かったはいいけど、その日は、疲れていて会話のネタが切れた。沈黙は苦手である。いや、こう書くと、なんだかあまり会話が弾まない関係のように見えるが、博士課程後期に自分のラボ以外の先生で一番話した人なのだ。結構喋りやすいと思っていたはずなのだ。が、準備していたネタは尽きた。しかし、じゃあまたね、と別れるには早過ぎる時間(懇親会とかミキサーはお別れのタイミングが難しい)。あ、そうだ!いろんな種子の形について、オススメの本とかあるなら教えてもらおうと思っていたんだった!というわけで、ろくに考えもせずに発した私の言葉からの会話後半スタート。

「最近、いろんな形の種子、特に風で散布される形の種子に興味があるんですけど、初心者にオススメの本はありませんか?」

「それなら、あの本ですね。LINXLギャラリーで数年前に種子の展示をした時の本がオススメです。」

「タイトルは?」

「覚えてないです。(キッパリ)」

「…それじゃ手に入れられないじゃないですか…」

「メールしてください。僕、忘れちゃうんで。」

「…(メールかぁ)はい…」
(省略)
「ねぇ、僕、忘れるからメールしてよね?」

「…(メールかぁ、気が重い)ハイ…」
(省略)
「ねぇ、ほんとにメールしてよね!?忘れちゃうからね!?」

「…うん…」

かくして、私はメールをすることになる。「あの種子の本のタイトルなんですか?」という内容を。いや、日本語に厳しい、もとい、美しい日本語で知られる先生にメールをするとか何の罰ゲームだろう、と思っていた(過去形ですよ!!)。
ちょうど、タカサゴユリが咲き誇っていた。

さて。
この事件から、約1年が経とうとしている。
私は風散布型種子のカエデを選んだ。いや、選ぼうとしている。
相変わらず、なかなか進まないし、勉強不足を指摘されたり、方針に迷ったりしているが、少なくともこの本に出逢う前までには想像もしなかった植物の世界をへ誘われた。

そして、この本は私にartを取り戻してくれた。実はこの種子のデザインと言う本、装丁が凄いのである。装丁、祖父江慎+コズフィッシュ+佐藤麻美。
2016年4月、未完成、発売される日が来るのか?と言われ続けた祖父江慎のアートワーク集がついに発売された。そしてそれを私は友から手渡された。

…自我崩壊。
私がオシャレ!素敵!イケてる!(私しか知らない、というサブカル系特有の自己満足も含めた感情)という、本、すべて祖父江慎+コズフィッシュの装丁でした。
なんという影響力。そもそも、アートワークといえば、信藤三雄に完全にノックアウトされていた思春期。ピチカートファイブのファッション、アートワークをひたすら自己流にアレンジして楽しんだ大学時代。未だに渋谷系モラトリアム。しかし、その前に本の虫だった時代に、カッコイイ!と思った本はすべて、祖父江慎さんの手がけたものだと、この歳で発覚。私のオリジナリティってあるの!?と3日位自我崩壊していた。まぁ、今はオマージュってことでいいか、って落ち着きつつあるが、友が手渡してきたアートワーク集は覚悟を決めた日しか開けない…。パンドラの箱である。

もうひとつ。種子の形態に興味を持ったことをきっかけに、私はイラストレーションを始めた。ボタニカルアートが必要になったからである。長年、自分には絵の才能はないと思っていた。だけど、ひたすら狂いゆくパースにイラつく心を制御して、練習すること2ヶ月。それなりにまともに見える絵が書けるようになった。仕事用のイラストレーション自分で手がけられるかもしれない。少しずつ、絵を描きためている。

そこで、再び、種子のデザインである。
手元にある大量のイラスト。これを何とかプロダクトデザインに利用できないか。
むくむくと湧き上がる、デザインしたい欲求。そこの装丁の美しい、図鑑(カタログ)としても使いやすい装丁。

やはり、タイミングが全である。

今年もまた、タカサゴユリが咲いた。季節が巡る。今年もまた、創造の旅に出かける季節がやってきたのだ。

2016年7月30日土曜日

ドリアンー果物の王 塚谷祐一

嗚呼、マンゴスチンが食べたい。あのヤクルトみたいな味のマンゴスチンを食べたい。心ゆくまで。


「ドリアンー果物の王」を読み終わったあとの私の一番の感想がこれだった。塚谷先生、ごめんなさい。



マンゴスチンは、バリ島で出会った。
そしてバリ島は私の旅の中でも圧倒的に勢い(しか動機がない)で行くことになった旅だろう。
ある時、旅に出たくなった。いつのも癖である。ある時、発作的に旅に出たくなる。
でも私は一人旅はあまり好きでない。できれば、誰かと旅先で思ったことを共有したい「今日のご飯、美味しかったね」とか。


発作的にTwitterに書き込んだ。

「海外旅行に行きたい。一緒にいく人募集!」

疲れていたんだと思う。そこで旅行相手を探すとは。しかし、しばらくしたら、「ポーン」という音。メンションが飛んできた。

「私も行きたいです!」

という経緯で、Oさんと海外旅行に行くことになった。Twitterで会話してるし、研究者だし、女性だし、まぁ大丈夫だろ(何が?)、ベトナムのリゾートに行きたいな、フランス領だったし。とか何とかやりとりをしていたのだけど、結局、リゾートとして洗練されているという理由でバリ島のヌサ・ドゥアを選んだ。(そして林芙美子の浮雲を読んでいる今、ベトナムに行きたくなっている)

ヌサ・ドゥアはインドネシア政府がリゾート地として観光客向けに開発したリゾート地。セキュリティチェックゲートの中は、現地の人は入れないらしい。


安心、安心。実は初の東南アジア旅行だった。


選んだのは、高級リゾート・ヴィラ。ベッドルームとリビングルームは別の棟、プライベートプール付きコテージ。高級スパあり、毎日ごはんは、自分たちのヴィラまで好きなモノを好きなだけ運んできてくれるというサーヴィス。

私が選びました。激務のOさんとは、出発まで一度も電話することなく(当然お会いしたことなど無い)、羽田空港の国際線待合ロビーのソファではじめましてのご挨拶を交わしました。

ガルーダインドネシア航空の飛行機に飛び乗り、バリ島へ。
通されたヴィラのベッドルームのベッドは、天蓋付きで薔薇の花弁が散らしてあった…。

私、「もしや、新婚旅行用とかのヴィラなのか!?」

Oさん、「もしかして、そういうカップルと思われてる!?私達!?」

多分、ただのサーヴィスだったと思う…。



バリ島旅行は、東南アジア初心者の私がビビりだったので、ヌサ・ドゥアから出ないで、ひたすらヴィラを満喫。そしてヴィラのウェルカムフルーツにあったのがマンゴスチン。

初めて食べた時は、なんだこれ!?こんな美味しいフルーツがあるのか!!しかも、可食部少なっ!!一人2個とか足りない、もっと食べたい。いっぱい食べたい。

というわけで、ヌサ・ドゥアの外国人観光客向けスーパーで買い込んだマンゴスチン…。ヴィラのスタッフに、可能な限りいろんな種類のマンゴーを食べたい!とリクエストして、毎日食べた様々なマンゴー…。



いやいや、いやいやいやいや。



…ドリアンの美味しさを説いている本なのに、マンゴスチンやマンゴーの話があるもんだから、マンゴスチンのことを思い出してしまった。だってドリアン食べたことないんだもん。



それにしても

「手頃な値段でドリアンが手に入った時は研究室に持っていく」

って、私が隣のラボに在籍した時代なんだろうか。うぅ、もっと隣のラボに出入りしておけば、もしかしたらドリアンが食べられて、「ドリアンー果物の王」を読んだら、ドリアン食べたくなったかもしれないのに。どうしてあのラボを私のお茶するご近所ラボとして開拓しておかなかったんだろう。友達も居たのに。


それにしても、見事な展開である。植物学者が書いた珍しい植物の解説本だと思ったら大間違いだ。気づいたら日本の歴史に引き込まれている。

そして、見事な国語力。正しい日本語とはコレだ!という感じ。



それはともかく。

読書エッセイブログを始めて「最近おすすめの本は?」と聞かれることが増えた。
これまで取り上げた本は、、、残念ながら誰も読んでくれない…だろう。そして今読んでいる本も、漱石の長編だったりするからやっぱり誰も読んでくれない。
そこで、「ドリアンー果物の王」の出番である。新書ということもあり、そして私が植物の研究者だから(?)からか、高頻度で読んでもらえる、そしてそれぞれに熱い感想を教えてもらえる素晴らしい本である。なんで今はKindle版しかないんだろう。Kindle版が嫌だから、古本屋から取り寄せた、という方もいた。せっかくだから、冊子体としても引き続き販売して欲しいと思う。

しかし、お勧めして読んでくれた植物好きな友達の感想は、

「私もドリアンの種子を発芽させてみたくて、ドリアン嫌いの旦那を説得している」

だったので、植物を育てるのが好きな人は着眼点が違うな、と思った。
そういう意味で私はやっぱり、モデル植物の研究者なのであって、植物好きとは言えないなぁ。などとぼんやり考えるのだった。

カラー版ドリアンー果物の王

塚谷祐一


中公新書1870 

2006年10月25日 初版

Kindle版













2016年2月8日月曜日

火宅の人 檀一雄

それぞれの家庭には、可視化されていようが不可視化であろうが、様々な問題があると思う。すべての家庭が、サザエさんやちびまる子ちゃんの様にほのぼのと明るく、すべてのメンバーが個性的であってもおしなべて平和である、などというのは幻想である。
寺山修司を意識して書いてみました。寺山修司についてはまた今度。

高校生の時、ひょんなことから檀一雄の火宅の人を読んだ。教科書に乗っていたからなのか、なんなのか、忘れたが檀一雄という小説家に出会ったわけだ。

潜在的にそれぞれの家庭に闇や問題を抱えている、家族というのは闇を抱えやすい集合体であるというのは私の持論だし、そんな話は腐るほど語られていると思うので特に記す必要はないと思う。
ただ、私はその持論に達するまで長い年月を要した。
思春期の私は不安に思った。なんだか私の家族には、水面下に闇がある気がする。それは異常なことなのではないか。友達の家はどこもそんなことはないのではないか、など。日本のアニメの洗脳は怖い。ほのぼのと、平和な家庭を強要されているようだ。
長い年月をかけ、私は上記の結論に達した。家族は闇を抱えやすい集団であると。そしてそれは特殊なことではないと。

そこで、このブログを初めて、久しぶりに思い出した、それが檀一雄の火宅の人。ここ以上にハチャメチャな家庭もなかろう。ただ、この本を貫く明るさ、それがいわゆる「複雑な家庭」というものを昇華させているのではないか。そして、私が思春期にこの本にハマって(ついでに母もハマった)いたのは、その頃(多分)我が家の根底に流れていた闇を感じ取り、何もわからないけれども多感な思春期特有の自己防衛だったのではないか。ここまでハチャメチャな家庭でも、こんなふうに(ある意味ネタという私小説に)本にしたためる事ができるのであれば、それは救いなのではないか、と。

嗚呼、暗い。

ここまでは、再読せずに書いた文章です。
火宅の人は、私にとって偏愛本なので、数年に1回、必ず発狂しそうなほど読み返したくなるのだけれども、引っ越しも多いし、実家には文庫版があるし、と買わずにいたけれども、ついに買ってしまった。
読書エッセイブログのため、というより、持病が再発、くらいの気分だったけど。
Amazonプライムやばい。

そんなわけで、届いたあと、貪るように、ページを繰る指がもどかしく読み進めていたのだけど、上巻を読み終わったあと辺りから、とても苦しくなってきた。
苦しい。ツライ。
なんだろう、こんなふうに苦しくなるのは。どうしてだろう。この物語は、私にとっては救いの本だったのではないか。家庭はハチャメチャで崩壊していても、最終的には救われる的な何かであったはずだ。

なのに、苦しい。何も救いになってない。
おかしい。

話は少し遠回りになるが、ここ最近の私のテーマは”自分”の「孤独」「生と死に対する価値観」「愛するということ」である。厨二病だと思ったあなた、間違いじゃないです。
そもそも、研究とかいう対象物をまじまじと観察・分析・議論する仕事についているので、自分の気持ちも研究対象にしたわけである。安上がり。
それぞれの着想に至った経緯(科研費みたいですが)は、また次の機会に述べるとして、最近自身の「孤独」についての解析については難航している。

そんなときふと思った、「火宅の人」は、「孤独の物語」なのだと。檀一雄の孤独の叫び、どんなことをしてもどうしても埋まらない孤独の系譜なのだと。
孤独は埋まらないからこそ、孤独である。とは思うのだけど、孤独を埋めようとあがく姿を小説で表面上は豪快に、無頼派のような振る舞いとして描かれているのは、ちょうと自分の孤独と向き合う最中である私にとってはツライことだった。

やっとわかった!これは孤独の叫びの本だ!

と思ってからは、一刻も早く読み終わらなければ!と思った。終わらせなければ。終わらせなければならない。なぜならこれは本だから。読めば終わるから。

それにしても、高校生の時とはぜんぜん違う印象である。今回再読した時に思ったのは、石神井の本宅の妻は、一貫して最初から最後まで、檀一雄(作中の桂一雄)にもっとも愛された女性なのではないのか、ということである。他の女性と生活を共にしようと、世界を放浪しようと、最終的には石神井の本宅があり、そこに妻がいることが、彼の女性によって埋められる孤独に対する最大の癒やしだったのではないのか、ということ。
だからこそ、高校生の私にとって「どんな家族という集団でも闇を抱えやすいが、この小説には家庭に光があり救われる」という意味での救いの本であったということ。
また、偏愛熱が再発したら読み返そうと思う。

火宅の人(上)(下)
檀一雄

新潮文庫 
新潮社 昭和56年 発行
(上)ISBN978-4-10-106403-1 C0193
(下)ISBN978-4-10-106404-8 C0193