2016年8月14日日曜日

種子のデザイン 旅するかたち (カタログ、図鑑)

種の形に興味を持った。

これまでは、モデル植物シロイヌナズナに一途な片想い、だった。
ある日、ふとしたきっかけで、出会ってしまった。数々の魅惑的な種子を持つ非モデル植物たちに。

”恋はするものではなく、落ちるものなのよ。”

というのが、私の学生時代の口癖だったのだけど、嗚呼、私はついに”植物に出会った”。そして”恋に落ちた”
それからは、情熱的な恋の熱に浮かされたような日々を過ごしている。

”私は植物の何を見ていたのだろう。何を知りたかったのだろう。植物のことなんて、なんにも知らないのに!!!!”

まるで恋愛小説の主人公のような気持ちである。

”嗚呼、あなたのことをもっと知りたいの!”

植物のことを、そもそも野外の植物に全くと言っていいほど、いや、モデル植物シロイヌナズナを扱っているがゆえに目をそらしていた、野外の植物。だって、知ってしまったら、もう、戻れない気がしていて。禁断の果実。

いやいや。
そんなわけで、私は「種子のデザイン 旅するかたち」に出会うことになる。

そもそも、私が植物の研究を始めた経緯は、受動的である。
これについては、また別の機会に。
思うに、植物研究者には「植物が好きだから研究する」「動物実験をしたくないから植物にする」という、雑に分けて2つがある気がする。
私は、後者である。ラットもマウスも大丈夫だけど、日常的にはちょっと。大腸菌もカビも好きだけど、テンポが合わない。消去法である。
なので、いろんな植物の知識など持ちあわせていなかった。(後日、子供の図鑑に載っているようなことも知らない、と揶揄される知識量である。極めて端的な指摘だと思うけど。)何も知らないことは私自身がよくわかっているので、私が得意な「私の知り合いの中で一番そのことに詳しそうな人に聞く」を実行した。この行動が、全ての始まりであった気がする。

脱線するが、物事にはタイミングというものが重要だと思うのだけど、今回も、タイミングが全てだった気がする。
所属するプロジェクトのシンポジウムの招待講演者として、博士課程後期に在籍した研究所の時の、お隣ラボの先生が来た。もう10年来の知り合いである。同じ植物の研究、学会も一緒なのに、特に研究の話をすることもなく(そっと私が避けていた)、その割に会うと必ずしばらくお喋りをする、という謎の関係。トークテーマは私のファッションについての感想、私のプロフィール写真がコンセプチュアルかどうか(派手か地味か)、そして、私が一方的に最近あった個人的な話(痩せたとか、旅行に行ったとか)をする…?あれ、変だな、なんだこれ。
シンポジウム主催側であったこともあって、夕方のミキサーの時にはすっかりくたびれていた私。ミキサーとか苦手だし…と思ったら、昔なじみの先生がそこに!そのうちみんなに話しかけられるだろうから、最初に挨拶に行っとこー、と向かったはいいけど、その日は、疲れていて会話のネタが切れた。沈黙は苦手である。いや、こう書くと、なんだかあまり会話が弾まない関係のように見えるが、博士課程後期に自分のラボ以外の先生で一番話した人なのだ。結構喋りやすいと思っていたはずなのだ。が、準備していたネタは尽きた。しかし、じゃあまたね、と別れるには早過ぎる時間(懇親会とかミキサーはお別れのタイミングが難しい)。あ、そうだ!いろんな種子の形について、オススメの本とかあるなら教えてもらおうと思っていたんだった!というわけで、ろくに考えもせずに発した私の言葉からの会話後半スタート。

「最近、いろんな形の種子、特に風で散布される形の種子に興味があるんですけど、初心者にオススメの本はありませんか?」

「それなら、あの本ですね。LINXLギャラリーで数年前に種子の展示をした時の本がオススメです。」

「タイトルは?」

「覚えてないです。(キッパリ)」

「…それじゃ手に入れられないじゃないですか…」

「メールしてください。僕、忘れちゃうんで。」

「…(メールかぁ)はい…」
(省略)
「ねぇ、僕、忘れるからメールしてよね?」

「…(メールかぁ、気が重い)ハイ…」
(省略)
「ねぇ、ほんとにメールしてよね!?忘れちゃうからね!?」

「…うん…」

かくして、私はメールをすることになる。「あの種子の本のタイトルなんですか?」という内容を。いや、日本語に厳しい、もとい、美しい日本語で知られる先生にメールをするとか何の罰ゲームだろう、と思っていた(過去形ですよ!!)。
ちょうど、タカサゴユリが咲き誇っていた。

さて。
この事件から、約1年が経とうとしている。
私は風散布型種子のカエデを選んだ。いや、選ぼうとしている。
相変わらず、なかなか進まないし、勉強不足を指摘されたり、方針に迷ったりしているが、少なくともこの本に出逢う前までには想像もしなかった植物の世界をへ誘われた。

そして、この本は私にartを取り戻してくれた。実はこの種子のデザインと言う本、装丁が凄いのである。装丁、祖父江慎+コズフィッシュ+佐藤麻美。
2016年4月、未完成、発売される日が来るのか?と言われ続けた祖父江慎のアートワーク集がついに発売された。そしてそれを私は友から手渡された。

…自我崩壊。
私がオシャレ!素敵!イケてる!(私しか知らない、というサブカル系特有の自己満足も含めた感情)という、本、すべて祖父江慎+コズフィッシュの装丁でした。
なんという影響力。そもそも、アートワークといえば、信藤三雄に完全にノックアウトされていた思春期。ピチカートファイブのファッション、アートワークをひたすら自己流にアレンジして楽しんだ大学時代。未だに渋谷系モラトリアム。しかし、その前に本の虫だった時代に、カッコイイ!と思った本はすべて、祖父江慎さんの手がけたものだと、この歳で発覚。私のオリジナリティってあるの!?と3日位自我崩壊していた。まぁ、今はオマージュってことでいいか、って落ち着きつつあるが、友が手渡してきたアートワーク集は覚悟を決めた日しか開けない…。パンドラの箱である。

もうひとつ。種子の形態に興味を持ったことをきっかけに、私はイラストレーションを始めた。ボタニカルアートが必要になったからである。長年、自分には絵の才能はないと思っていた。だけど、ひたすら狂いゆくパースにイラつく心を制御して、練習すること2ヶ月。それなりにまともに見える絵が書けるようになった。仕事用のイラストレーション自分で手がけられるかもしれない。少しずつ、絵を描きためている。

そこで、再び、種子のデザインである。
手元にある大量のイラスト。これを何とかプロダクトデザインに利用できないか。
むくむくと湧き上がる、デザインしたい欲求。そこの装丁の美しい、図鑑(カタログ)としても使いやすい装丁。

やはり、タイミングが全である。

今年もまた、タカサゴユリが咲いた。季節が巡る。今年もまた、創造の旅に出かける季節がやってきたのだ。